第7回 「ユニバーサル・ミュージアム」とは何か

 連載第1回で述べたように、僕は博物館とは無縁の世界から民博に就職した。今では博物館との深い縁を感じながら、日々の研究に取り組んでいる。「偶然」がいつの間にか「必然」に変わるのが人生のおもしろさだろう。民博着任後、僕は「博物館と視覚障害者」というテーマを掘り下げていけば、近代的な人間観、ミュージアムの常識を覆すことができるに違いないと確信するようになった。本連載コラムもいよいよ大詰めである。第7回、8回では民博内外での僕の実践を振り返りつつ、「濃厚接触」の拠点となる未来の博物館像を展望したい。

■触文化の伝道師として全国を訪ね歩く■

 僕が初めて企画展を担当したのは2006年である。「さわる文字、さわる世界-触文化が創りだすユニバーサル・ミュージアム」というタイトルで、会期は06年3月~9月の半年間だった。企画展を通じて、「ユニバーサル・ミュージアム=誰もが楽しめる博物館」という概念を宣揚し、触文化の意義を明らかにすることができた。この展示は日本のユニバーサル・ミュージアムの原点であり、僕が博物館活動にのめりこんでいくきっかけともなった。

 「さわる文字、さわる世界」展の終了後、僕に各地から“触”の体験型ワークショップの依頼が舞い込むようになる。大げさにいうと、触文化の伝道師として、全国(時に海外)を訪ね歩く日々が始まった。2008年ごろから「視覚障害者/健常者」という従来の区分に対し、「触常者・見常者」という呼称も用いるようになる。細かいことだが、「/」なのか、「・」なのかの違いは僕にとって大きい。近代的な社会通念では、障害者なのか、健常者なのかで、人間は明確に二分される。そして、あらゆる場面で「健常者>障害者」の構図が社会を支配する。一方、脱近代を指向するユニバーサル・ミュージアムでは、触常者と見常者の異文化間コミュニケーションが促進される。触常者と見常者は対等で、それぞれの持ち味を存分に発揮できる場が博物館なのである。

■「ユニバーサル・ミュージアム」の六原則■

 2014年には「『ユニバーサル・ミュージアム』の六原則」を発表する。この六原則は、触文化論に根差す僕なりのユニバーサル・ミュージアムの定義を整理したものである。抽象的な理念を順番に並べるのみで終わっているが、僕としては各館の学芸員、研究者がこの六原則を拡張し、それぞれの展示、教育プログラムを立案することを期待したい。以下が六原則である。

「ユニバーサル・ミュージアム」の六原則

  1. 誰がさわるのか(WHO)
    障害の有無、国籍などに関係なく、老若男女、すべての人が“さわる”豊かさと奥深さを味わうことができる。
    → 単なる障害者サービス、弱者支援という一方向の福祉的発想を乗り越え、新たな「共生」の可能性を提示するのがユニバーサル・ミュージアムである。
     
  2. 何をさわるのか(what)
    手で創られ、使われ、伝えられる「本物」のリアリティを体感できない時は、質感・機能・形状にこだわり、“さわる”ためのレプリカを制作・活用する。
    → さわれない物(視覚情報)をさわれる物(触覚情報)に変換する創意工夫の積み重ねにより、日々発展し続けるのがユニバーサル・ミュージアムである。
     
  3. いつさわるのか(when)
    人間の皮膚感覚(広義の触覚)は24時間・365日、休むことなく働いており、自己の内部と外部を結びつけている。
    → 展示資料に“さわる”行為を通じて、身体に眠る潜在能力、全身の感覚を呼び覚まし、万人の日常生活に刺激を与えるのがユニバーサル・ミュージアムである。
     
  4. どこでさわるのか(where)
    “さわる”研究と実践は、博物館のみならず、学校教育・まちづくり・観光などの他分野にも拡大・応用できる。
    → 両手を自由に動かす「能動性」、多様な感覚を動員する「身体性」、モノ・者との対話を楽しむ「双方向性」を促す場を拓くのがユニバーサル・ミュージアムである。
     
  5. なぜさわるのか(why)
    世の中には「さわらなければわからないこと」「さわると、より深く理解できる自然現象、事物の特徴」がある。
    → 視覚優位の現代社会にあって、サイエンス、アート、コミュニケーションの手法を駆使して、触文化の意義を明らかにするのがユニバーサル・ミュージアムである。
     
  6. どうさわるのか(how)
    「優しく、ゆっくり」、そして「大きく、小さく」“さわる”ことによって、人間の想像力・創造力が鍛えられる。
    → 「より多く、より速く」という近代的な価値観・常識を改変していくために、“さわる”マナーを育み、社会に発信するのがユニバーサル・ミュージアムである。
     

■二つの疑問■

 「ユニバーサル・ミュージアム」という用語が日本の博物館・美術館に浸透・定着するとともに、僕に対して以下の二つの質問が投げかけられるようになった。おそらく、拙著の少なからぬ読者も、同じような疑問・不満を感じておられるだろう。

1.「ユニバーサル=誰もが楽しめる」を標榜しているのに、視覚障害者対応だけで十分なのか。聴覚障害・肢体不自由・知的障害など、他の障害者に対する取り組みについてどう考えているのか。

2.視覚以外の感覚を重視するのは大切だが、現在のユニバーサル・ミュージアムでは触覚のみに偏っている。聴覚・嗅覚など、他の感覚を活かす展示の手法について研究はしないのか。

■アクセシビリティの充実=ユニバーサル?■

 上記二つの問いに順番にお答えしよう。まず1.に関しては、「障害」をどのようにとらえるのかによって論点が変わってくる。そもそも、「障害」(disability)とは近代的な理念である。経済効率・労働可能性を尺度とすると、社会の多数派が当たり前に「できる」ことでも、それが「できない」人々がいる。近代社会では、「できない」人が十把一絡げで「障害者」と総称される。前近代にも目の見えない人、耳の聞こえない人、二本足で歩けない人は生きていた。だが、彼らが「障害者」と呼ばれることはなかった。

 現代社会のカテゴリーでは、目の見えない人も耳の聞こえない人も、同じ「障害者」に属する。彼らに共通するのは何らかの社会的不利益を被っていることのみで、他に接点はない。視覚障害者の日常生活では、聴覚情報(音と声)が大事である。一方、聴覚障害者は手話に代表されるように、視覚による情報処理を得意とする「究極の見常者」ということができる。パソコン、携帯電話の普及以前、両者が文字・音声を介して対話することはほぼ不可能だった。このように、まったく違う特性・ニーズを持つ両者が、「障害者」という語で括られることに、僕は強い違和感を抱く。

 さまざまな障害者のアクセシビリティ(利用しやすさ)を充実させるのが「ユニバーサル」なのだろうか。もちろん、アクセシビリティの向上を求める思考を否定するつもりはない。しかし、やや厳しく評価するならば、アクセシビリティとは健常者中心の「基準」に合わせることである。

 昨今は世界各国の博物館が「ソーシャル・インクルージョン」(社会的包摂)の実践に取り組むようになった。「今まで不利益を被ってきた障害者たちにも、健常者と同じように博物館を楽しんでもらいたい」。各地の博物館関係の研修会、国際会議に行くと、このような発言をよく耳にする。学芸員個々の熱意には敬意を表するが、これではまだ「人に優しい」レベルにとどまっていると感じる。障害当事者として博物館で働く立場から、健常者に苦言を呈するのが僕の役割だろう。50歳を過ぎた最近は、多少煙たがられても、言いたいことは言わねばという心境になっている。

 「障害/健常」の二項対立を乗り越えるのが、ユニバーサル・ミュージアムの最終目標である。健常者の「見方」を変える要素がなければ、真の意味での「誰もが楽しめる博物館」は実現しない。あくまでも「視覚障害」は、健常者の世界観(生き方=行き方)に改変を迫る起爆剤なのである。誤解を恐れずに言うなら、ユニバーサル・ミュージアムの要諦は、障害者のアクセシビリティを保障することではない。多数派の論理、すなわち健常者の見識・見解・見地にどのようにして、どれだけインパクトを与えることができるのか。これがユニバーサル・ミュージアムの精髄だと僕は考えている。

■触覚は根源的な感覚■

 次に2.の質問に移ろう。詩人で彫刻家の高村光太郎は、次のように明言している。「私にとって此世界は触覚である。触覚はいちばん幼稚な感覚だと言われているが、しかも其れだからいちばん根源的なものであると言える」「人は五官というが、私には五官の境界がはっきりしない」「五官は互に共通しているというよりも、殆ど全く触覚に統一せられている」。高村の寸言は、僕の持論とも重なる。僕には芸術家のような直感力はないが、触覚の役割と価値は体験的に理解している。

 僕が最初に自らの触覚の潜在力に気づいたのは13歳の時である。失明した僕は点字の触読に挑戦するが、初めは点の数、配置がほとんどわからなかった。点字の教科書が読めなければ、盲学校の授業に付いていけないので、僕は触読練習を繰り返した。明確な日数は忘れてしまったが、ある日、「わかるぞ、読めた!」という感動が僕の指先から全身を駆け巡った。これは、まさに「眠っていた触覚が開いた」瞬間といえるだろう。

 高村光太郎は彫刻作品の制作・鑑賞を通じて、触覚の重要性、本質を自得した。高村も述べるように、触覚は全身の皮膚に分布しているので、人間にとって本能的、根源的な感覚だといえる。また、「触れる」という語がさまざまなニュアンスで用いられる例からもわかるように、視覚(目)・聴覚(耳)・嗅覚(鼻)・味覚(口)は、広義では触覚の一部と考えることができる。さらに視覚・聴覚では情報入手が受動的になりがちだが、手で事物にさわる際は腕を伸ばし、動かさなければならない。

■「触角」の復権■

 博物館の展示においても、人間本来の能動性・身体性を取り戻す意味で、触覚は肝要である。インターネットで多種多様な情報にアクセスできるようになった今日、博物館が視覚・聴覚情報を提供するだけでは、「冬の時代」を抜け出すことはできない。インターネットで伝わらない、伝えられないのが触覚情報である。展示場に足を運び、手を伸ばさなければ得られない触覚情報を大事にしようという近年の博物館のパラダイムシフトは、ユニバーサル・ミュージアム運動にとっても追い風であるのは確かだろう。

 僕は手でさわることはもちろん、耳・鼻などを能動的に活用すること、身体の内部に眠る感覚を呼び覚ますことを総称して“触”と呼んでいる。聴覚・嗅覚に特化した展示の開発・研究も必要だが、それらも含め、僕は多様な“触”の展開を検討していくつもりである。多くの健常者は、失明前の僕と同様に、視覚依存の生活を送っている。そのため、視覚以外の感覚、とくに触覚の意義を忘れてしまう。どうすれば、“触”が健常者の日常にとって密接なものであることを自覚してもらえるのだろうか。

 “触”の能動性と身体性を示す語として、僕は「触角」(センサー)を用いている。前近代の人間は衣食住の随所で触角を駆使していた。たとえば、江戸時代以前の街は、夜になると真っ暗である。その中を歩く時は視覚が十分に役立たないので、触覚・聴覚・嗅覚が敏感となる。耳や鼻、手足から触角が伸びて、全身を使って歩いていたのである。もともと、人間は虫のような触角を保持していたが、近代化の過程でそれを失ってしまった。では、現代社会において優れた触角の持ち主は誰なのか。芸術家や職人、あるいは一流のスポーツ選手は触角の開拓者ということができる。また、少数派ゆえの不自由・不便を強いられている障害者たちの「生活の知恵」から、健常者は触角を取り戻すためのヒントを得ることができるだろう。

■「五月蠅い博物館」へ■

 眠っていた触角が目覚める感動、感覚が開く喜びを体感できるのがユニバーサル・ミュージアムである。1.と2.の質問への答えを探り、ユニバーサル・ミュージアムの理論を深化させる中で、僕は「誰もが楽しめる博物館」の新しい言い換え(補足説明)を多用するようになった。それは、「感覚の多様性が尊重される五月蠅い博物館」である。

 従来、博物館・美術館は静かに見学する場所とされてきた。しかし、近年では対話型の鑑賞が各地で試みられている。「五月蠅い博物館」とは、来館者や学芸員など、ミュージアムに集う人々が全身の触角を働かせて交流することを指す。人間は虫のような触角を取り戻すべきだという含意で、あえて「五月蠅い」と漢字表記している。博物館での体験を通じて、感覚の多様性への気づきが生まれれば、健常者とは五感の使い方が異なる障害者を尊重する意識も芽生えるだろう。視覚に依拠する人、触覚に依拠する人、聴覚に依拠する人……。異文化間コミュニケーションを実践できる現場として、「五月蠅い博物館」が発展することを願っている。

民博の「世界をさわる」コーナーの前に立つ広瀬浩二郎。展示上にはロープが張られ、「新型コロナウイルス感染症の予防のため利用を一時停止しています」という看板が立っている
2020年6月現在の民博の展示場。「非接触」を原則とする博物館では、多様なモノから触発されることはない。このまま、視覚偏重の博物館が続いてもいいのか。ポストコロナに向けて動き始めたミュージアム関係者は、あらためて「ユニバーサル」の意味を真剣に考えなければなるまい。

次回はいよいよ最終回。7月7日更新予定です。
この連載をもとに、2021年へと開催延期になった国立民族学博物館のユニバーサル・ミュージアム特別展に向けた動きや、世界中から集められた民族資料と「濃厚接触」して世界を感触でとらえた記録なども付け加えた書籍を、小さ子社より今夏刊行します。ご期待下さい。

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